寒空に年末帰るところもない人たちは本当にかわいそうだ。ゆっくり寝て温かいものを食べて元気を出してほしい。
しかし、年は明けた。派遣村の住民は、厚労省の講堂から、区の施設に移動し、こんどは旅館に移動するという。それで、最終的にどのようにこの問題にケリをつけるのか。
多くの支援者がガードマンや介護などの仕事を紹介し、あるいは自ら乗り込んで採用しようと来ているようだ。だが、仕事と希望のマッチングがうまくいかないため、仕事に就けないという人もいるようだ。
私は、生活保護も普通の運用にして行くべきだと思う。いつまでも千代田区の負担でやっていていいはずもない。期限を切って仕事を探し、仕事についていくというようにむけていかないと単に生活保護者を増やすだけだ。仕事の向き不向きもあるだろう。好き嫌いもあるだろう。しかし、生活保護は永遠ではない。就労に向けて仕事を探し続ける人のみに生活保護をするのが理想だろう。どうしても働けない人を救うのは福祉の領域だ。働ける人は福祉では見ることはおかしい。
製造派遣だったから製造派遣へという人もいるようだが、製造派遣の仕事が飽和したから今の事態があるわけで、仕事をニーズのある方向へ変えなければいけない。それはサービス業かもしれないし、介護のような社会的に要請の高い仕事かもしれない。雇用を流動化するということの一つはそういうことだ。
検証・「年越し派遣村」 その実態は…
■成果と課題
講堂開放では与野党を超えた協力態勢があったものの、派遣村に政治色やイデオロギーがちらついたのも事実。5日に日比谷公園から国会までを歩いたデモでは共産党と行動を同じくすることが多い、全労連、自治労連の街宣車が村民らを先導。「総選挙で政治を変えよう!」「消費税値上げ反対!」とシュプレヒコールを上げる光景もあった。
実行委員会では、12日までの動きを振り返り、行政側が緊急の小口融資を柔軟に支給した点などを「各地で生活に困っている人にも応用できる貴重な経験だ」と肯定的にとらえる。
一方で、行政側への今後の要望も多い。村民に行われた、生活保護の受給決定や行政の保護は「当たり前」というのが実行委のスタンスだ。実行委では、今回の派遣村のような一時避難所を行政もかかわって全国につくることや、大企業に再就職支援のための基金設置などを求めていくという。(赤堀正卓、神庭芳久、蕎麦谷里志)



